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神様のはなし

こんばんは。これを読んで下さっている貴方の心身が健やかであります様に。いつもお世話になっております、劇団NONNY2年の迫田でございます。本日のブログ担当は私です、お目汚しさせて頂くご無礼をお許し下さい。
誠に不躾ながら、取り急ぎ業務連絡をさせて頂きますね。

 

【劇団NONNY第98回公演】

『マクベス裁判』
作  奥泉 光
演出 佐藤あやめ

4/22  開演12:30/16:00
4/23  開演11:30/14:30
(開場は開演の30分前)

場所 studio CoCoLo 

 

さて、ここからがブログ担当者の本分。雑談でございます。

 

神様というものがいるのです。
今回のお芝居は様々な解釈の余地を持った作品です。ネタバレになるといけませんので詳しい事は申せませんが、私はこの『マクベス裁判』というお話を「人類が神を殺す話」だと解釈しております。
もっともここで申し上げる「神様」とは、なにも宗教上の神に限りません。例えば何か不幸を経験した時、過ちを犯してしまった時、「私のせいではない」と叫びたくなる事がありますよね。そんな時に「そうともお前のせいではない、全ては私が決めた事なのだ」と言ってくれる存在が欲しいとは思いませんか?あるいは仮に自身が「私のせいだ」と認めたとしても、「そうともお前のせいだ。お前はただ私に従っているだけでよいのだ、今後はすべて私の言う事をきく様に」と導いてくれる存在がいれば楽なのに、とは思いませんか?私は思います。人生は楽しいものですが時に苦しくもあり、時に儘ならないものでもあります。そうであるならば、私自身が全ての責任を負い迷いながら生きていくよりも寧ろ、何か私の力を遥かに越えた強大で崇高な存在に支配されたい…と思うのです。それは運命かもしれない、悪魔かもしれない、しかしとにかくここではそれを神と呼びましょう。
「神様」を信じる事は謂わばローリスクローリターンな賭けです。失敗しても神様のせいにできるか、あるいは神様に許しを求める事ができますが、その代わり成功してもそれは神様のお導きという事であり自分の手柄にはなりません。苦しい時の神頼みをしてはならないからです。
もちろん、それが性に合わないという人もたくさん居るでしょう。彼等は自分で自分に責任を持てる人々であり、自分の力で人生を切り開いていく事が出来る人々なのではないでしょうか。ハイリスクハイリターン、それはそれで立派な生き方だと思います。そしてこの『マクベス裁判』は、人がその様な在り方を手に入れる物語なのだと私は解釈致しました。全てを神の手に委ねる事をやめ、自らの足で世界に踏み出してゆく在り方。その姿はすばらしく劇的であり、きっと観客の心を揺さぶる事でしょう。
ですが、私はその様に生きたいとは思いません。私は臆病者です。頼るべき存在、帰るべき場所、祈るべき神がないなどという事は耐えられません。そこに何もないぐらいなら、地獄があってくれた方がまだましなのです。私には神様というものが要るのです。そして人が神様を必要とする以上、神様というものは居るのです。だからずっとお祈りしているのです。いつかはお会いできると信じて。
なんだか怪しい文章になってしまいましたが、私は決してどこぞの宗教の回し者ではありません。本当です。センチメンタルでなおかつ今眠い若者の書く事だと思って読み飛ばして下さい。ですが、これを読んで下さっている貴方がもしも私の神様なら、お願いですからとりあえず一度お見えになって欲しいのです。もう長いことお待ちしているのですから。

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